あさぎ作小説「終末カグヤ」⑩とあさぎ屋外ヌード

修正後5

行こうか――と、榊は旅行鞄くらいの大きさの竹編みのバッグに、自分の造った細工物を無造作に入れて、外へ出た。トモカは少し体を固くして、裸足の足元を気にしながら扉をくぐる。室の中はやはり暗かったのか、強烈な陽光がトモカの瞳を直撃して、しばらくハレーションが視界を塞いだ。ふらつくのをこらえて、かざした指の間から榊を見ると、榊は上り口の板の上を指差していた。見ると、室にあった弁当箱や小物入れと同じように、竹の芯に皮を巻きながら編んで小判状にし、更に底をもう一重の竹皮編みで補強した草履が置いてあった。「足のサイズ、それでいい?」と、質問されて、トモカは「う、うん、」と、履く前に返答していた。実際、履いてみると、足の親指の間がくすぐったく擦れたが、踵はちょうど、外周の少し内側に来た。
「昨日、あんたが寝てる間につくった」
 と、まんざらでもなさそうに榊は言い、戸を閉めた。鍵は、かけない。トモカが改めて見返ると、家は何百年も前から日本にあるかたちの山小屋で、右の脇に井戸があり、鶏が一羽、くっくと喉を鳴らしながら走り回っていた。雌鶏らしい。トモカは昨日の夕食の増水に入っていた卵を思い出した。一羽しかいないようだから、卵は一日にひとつだろう。それを惜しげもなく、結構な分量を自分に与え、特別な風も見せなかったのだと、トモカは思った。
 目の前には、山笹が群生する間に見え隠れする獣道があり、猛々しいほどの緑の香が押し寄せてくる。真上の空も、広葉樹の間から申し訳程度に覗いているだけだ。歩きはじめても、深山に、二人のたてる足音以外の音は無かった。
「……いないね」
 トモカは、抑圧された子どものように、おずおずと囁く。「言っただろ」榊は抑揚なく応じ、マイペースに歩いていくのだが、よく見るとトモカの邪魔になりそうな枝や突起を踏みしだきながら道を選び、後ろへ気をつけているのが分かった。トモカは無心に、榊の背を追った。熊笹は微風にさざめき、さりさり、しゃらしゃらと鈴の群になった。やがて、風の向きが変わったかと思うと、唐突に森が開けた。
「……」
 トモカの足は、思わず止まってしまった。森の小路の脇は開けて、展望のある崖になっていた。その展望が、心を射て、動きを忘れさせてしまう。
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ひとりオフ会in高槻

今日も一人オフです。
ちょっと寂しい。

10月とは思えないすごい日差しです。
暖かい?暑い?

今日のお風呂は高槻にある天神の湯。
駅から歩いて行ける親切設計。
都会の真ん中とは思えないいいお風呂です。

修正後1

浴槽はちっちゃいけど、キチンとした感じに作られてて、お湯は好きな熱さに調整できます。
熱すぎるのは苦手なので、これはけっこううれしいです。

修正後2

都会の真ん中の7階のお湯。
景色がい~いとはいかないけれど、なんとなく風が涼しい。

修正後4

ハァ~。
癒されますね~。

あ、そうそう。
お風呂上がりのデザートもおいしいそうですよ。
でも太りすぎたらいけないので、私は残念ながら我慢します。

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑨とあさぎ屋外ヌード

修正後3

女は、自分のワンピースの膝の上に人差し指を乗せ、指先が自然に自分の名前を描くのを待った。
「トモカ、です」
 女はひっそり言った。男はうなずいた。「俺は、榊裕一」
「榊さん、……裕一さん?」
「なんでもいいよ」
 男――榊の手の甲が翻り、指が細やかに動き、ラジオで次の詩がはじまった。詩の向こうでは、男の言う通り、多くの人が地面を鳴らして歩いたり、煙草の煙を空へ捨てたり、スポーツクラブのプールで泳いだり、調理したり、シーツやタオルを風と陽のあたるベランダに、下着と一緒に干したりしているような気がした。
 けれど男の言葉が本当なら、いや、自分もそれを知っているんだと、トモカは思う。
 榊は、ばれんの外側を造る。縁を、堅固に編み込んだ芯で巻き、髪のように艶光る白々とした竹皮で包みこんでいく。トモカには、自分もやってみたい、という気は起きなかった。こんな風にはできないだろうという諦めと、もうひとつ、竹の匂いを嗅ぎながら榊が手仕事をしているのを見ていると、心が落ち着くことに気づいているからだった。
「これ、なんに使うの?」
 詩の、最後の部分の音の痕跡が、トモカの聴覚神経を、その竹皮のように包みこんで繰り返している。榊は、眼がなくなったと思うくらい、双眸を細くする。
「版画とかを刷るのに使う。木を彫って、墨を塗って、和紙を乗せて、上から擦るんだ。これも他と同じで、この竹じゃなきゃ、きれいに擦れない」
「あなたが、版画をやるの?」
「俺はやらない。……絵を描くのは苦手なんだ。やるのは違う奴だよ、もう、知ってる限りではそいつしかしないけど」
「この辺りで、誰かまだ生きている人がいるのね?」
「もう少ししたら行く。トモカはどうする?」
 名前で呼んでいい、などと訊く概念も榊にはないようで、榊の言葉にも内容にも戸惑って、トモカはまた戸口へ顔を向けた。外は恐いところだ、というのが本能的に五感から、空間感から伝わってくるのだが、一人で置いていかれるのは更に耐え難かった。「ついて、行っても?」我知らず、声が小さくなる。葉の筋を裂く音の具合を聞き分ける榊の耳には、困難なく、「だろうね。なら、待っていて。……粥、食って、待っていて」と、返す言葉も、当然のようだった。榊の胡坐から数十センチ離れて、彼自身が食べ終わったらしい、少し米汁のついた木の椀が置かれていた。トモカの椀は、昨日と同じものが、囲炉裏の端に。トモカは黙って、冷めた粥を酌で椀によそい、すすった。ほんのかすか苦い、塩味。胸が、またあたたかくなった。
 うれしいのかな。
 トモカは自分を怪しんだ。ラジオの時報が、九時になり、新しい詩が流れ始める。

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑧とあさぎ屋外ヌード



――八時になりました。
 ラジオが時を告げ、詩の朗読が始まった。象の詩だった。汐波が渚を打ち、月の引力に従って引いていく響きが、竹皮の擦れる音と重なって室内を逡巡する。竹の家具の足元にできる影が、象の群に見えた。
「わからないの」
 歯がみして、女は言った。眉間に深く皺が寄った。自分がどこの何者なのか、思い出そうとしても、頭の中にそびえ立つ固い巨大な壁に突き当たるだけだ。持っている記憶といえば、なんとなく体に、降り積もった土と葉との上に横たわっている感じがあったこと、男の背中に背負われて、カシロダケの林の坂を下り、ここへ運び込まれたということだけ。昨日、竹皮を取りにきたら、裸足で林の麓に倒れていたのだ、と男は言った。
 男は低い、眼と同じように透った声で、「いいよ、ここらでは、そんなものだから」と言った。宥めたというより、それを気にする概念がない様子だった。それから、「名前とかも、覚えてないね?」と、訊き継いだ。
「名前、」
 そういえば、ここへきたのは昨日だというのに、男と名前を言い合わなかったと、思い当たる。男は、今日はこんなにいろいろ話してくれるが、昨日はほとんど、無言だった。女がはっきり意識を取り戻したとき、男は室の中央後ろにある囲炉裏の炭に石を打って火をつけていた。傍の鉄鍋の中には竹の子と山菜、少しの米に、鶏の卵が濃く入っていた。真っ黒な炭が、大地の底の炎のようなオレンジ色に焼け染まり、煮上がった雑炊は、女の膝元に竹皮の椀に注がれて置かれた。女がぼんやりしていると、男は木のさじで雑炊を掬い、息を吹きかけてから、女の口に黙って掬い向けた。ちょうど、幼い子供に、父親がそうしてやるようなしぐさだった。
 それから女を眠らせた。古いカヤのような匂いのする、しかし清潔な布団を敷いて、女の肩をひょいと押して横にして、上から薄い布をかけた。食べさせてくれた時と同じように、なんの他意もない、丁寧で呆気のないしぐさだった。気温は、眠るのにちょうどよかった。夢を見ない、空白の眠りがあって、女が目を覚ますと、男は朝食の粥の鍋の前にあぐらをかいて、件の作業をしていた。声は、女が話しかけるまで、掛けなかった。

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑦とあさぎ屋外ヌード

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「あなたは、こわくないの? だって……あなただっていつ、死ぬかもわからないのに」
 巻いても、巻いても、小さなばれんの出来上がる外周の直径が、遠い。女はまだ息を遠慮しながら訊ね、男は海の波をひとつひとつ創る作業のように、皮を巻く。
「どうだろう。恐い瞬間もあるけど、……やっぱり恐くない、かな。ずっと前から、真夜中にラジオ聞きながら、竹皮細工つくりながら、考えてたことと変わらない」
「何を?」
「ひとつひとつさ、なくなっていくところを考えてたんだ」
 かそっ、……かそっ、と、森の中にその竹皮が降るときのような、その音が男の手元からはずっとしている。その音の中に、言葉が迷い込んで掠めていくように、つぶやく。
「今、目の前に、部屋があるとするだろ。部屋には、たとえば机があって、本や教科書、読み飽きたみたいなつまらないやつが乗っている。壊れたオルゴールとか昔の落書きとかあって。布団かベッドがあって、じゅうたんがあって……窓の外には、隣の家とか犬とか塀とか、木とか建物とか見える。周りには、なんてことのない人たちがいる。家族とか、近所の人とか友達とか、同僚とか。わかる、かな」
「うん、……たぶん」
「それが、一日にひとつずつ、一時間にひとつずつでもいい……、なくなっていくことを考える。現象を止めることはできないし、なくなったものは、二度と戻ってこない。……机から、自分の本が一冊ずつ消えていく。漫画も、オルゴールも、そのうち机じたいも。布団も、ランプも、小さいころ入って寝たりした押入れも、空っぽになる。学生だったら、一日六時間、国語・数学・化学・美術・体育・歴史、って並んでた時間割も、ひとつずつ消えて。次の朝には国語・数学・化学、ってなって、ついには数学しかなくなって、それも消える」
 昨日まで吠えていた、隣のうるさい犬が、今日はいない。騒いでいた子どももいなくなる。町から建物が、ひとつ、ひとつ、消えていく。すれちがった隣の老人は、明日はいないだろう。妹は、兄は、母親は。壁にスーツとエプロンだけ残して、もういない。一日後には、一時間後には、何が消えるだろう?
「そのうち記憶が消える、……覚えたときとは反対に、忘れていくんだ。『こうだ』って、思ってることが消える。話したことも。話せなくて呑み込んだことも。『上』の字も『下』の字も、読めなくなる。もし、そうだとしたら、俺に、なにができる?」
 女は沈痛に眼を伏せた。心臓の表を走る痛みの裏には、なぜか、あたたかく湿った、柔らかい感情がこみあげる。男にも、その気色が伝わったらしかった。
「うん。消える直前まで、その、……大事にすることがさ、できるだけだろ。だから。恐がらないことに、きめてた」
「予測、してたの?」
「まさか」男は軽く苦笑して、首を横に振った。女も、訊きはしたが、実際男に非常な予測能力があるようにも見えなかった。
「俺は、日本がどうなってても、地球がどうなってても、『あいつら』が誰でも、ここで竹細工をして、それを売りにいくだけだ。……あんたは?」
 女は、初めて自分について問われ、口をつぐんだ。自分の黒髪の生え際の、頼りない源泉を探って、どうにか答えを紡ごうとする。