あさぎ作小説「終末カグヤ」⑤

DSC_0065.jpg

「このラジオを聞いてるとさ」
 男は言った。女の目線に敏感に答えたような調子だった。
「まだ、みんないるみたいに思うんだ。だから好き。……沖縄で、九州で、中部で、四国で、関西で、関東で、東北で、北海道で、……朝の目ざましのベルがなってさ。男が、女が起きて、子どもがまだ布団でむずかってて。朝食を食べたり、服を着がえて出かけたり、出かける家があって、道があって、バスが来て、電車が走って、郵便屋のバイクと、出勤の車のエンジンの音がして……。学校があって、会社があって、田んぼや畑があって。そこで話したり、笑ったり、黙って本や漫画読んだり、ぼんやりして窓の外見てたり。週刊誌があることないこと、ニュース詰め込んで、ばたばた忙しく発行されてさ、遠くでは国会議事堂で、政治家がああだこうだ大騒ぎしてんの。……まだ、そうやってるんじゃないかって気がするからさ。本当は、分かってるけど」
 もう、そんなもの、なんにもないんだってのは。と、男は続けた。女は、急に眉を寄せて、腰まで伸びた長い黒い髪をさっと揺らし、戸口のほうを振り返った。男は相変わらず、そのしぐさを見ない。目は、今は五本目の四こ縒りにさしかかっている、指の爪先の光に向いたまま、女をやんわりと言葉で止める。
「大丈夫だよ。ここには、来ない」
「……」
「嘘じゃない。俺はずっとここにいるけど、ここには何にも来たことがない。兵隊も、ギャングも、『あいつら』も。『あいつら』のあの攻撃が、色んな山を崩したけど、カシロダケの森は、最後まで崩せなかった。……この竹は、すごく、根が強いからね。山の土を保持する力が、すごいんだ。……だから、カシロダケの森のまわりと、尾根へ登っていく藪の道はまるまる残ってる。ただし、藪の道の入口のほうは、時々『あいつら』の通り道になるから、横断にだけは注意する。見つからなければ、決して撃ってこない」
 そう言われても、女は、恐そうに戸口へ目をみはり、身をこわばらせていた。男は手際よく竹皮を縒り続け、今度は、八こ縒りにさしかかる。それを一本二本、編んでから、ようやく顔をあげ、手をさしのばして女の肩をたたいた。女はぴくりと身じろいでから、深いため息をつき、男に向き直った。男は短い前髪の下の、やや彫りの深い眼をいっそう蒼く澄ませて、女の白い肩へ静かに滑らせ、それから手元へと返した。
スポンサーサイト

【9-10月和歌山】オフ会のお知らせ

sketch-1494331156630.png

オフ会また開きます。

9月か10月の土曜日から日曜日です。
場所は和歌山県の某野天湯。
我々は土曜日の昼に出発して夜到着、一泊して次の日の朝から昼にかけて、野天湯をめぐります。

前回は一人オフになっちゃいましたが、今回はいろんな人と行きたいです。

興味のある方はレスかメッセージ下さい。
日曜日だけの参加でもOKです。

自作小説「終末カグヤ」④



まだ竹林にいるようだと、女は思った。八畳一間ほどの男の室の中は、なだらかな縞模様の影を床に彩る竹細工で満ちていた。竹入りのランプ、竹のランプシェード、竹の本棚と机、いくつもの竹を高く低く組み合わせて作った、木琴のオブジェ。竹林の、冷涼なうす緑色の匂いが、いつもしていた。気を引くのは、部屋のあちこちの竹籠に入れられた、竹の皮の細工物だった。食器や、小さな物入れ、……今男がつくっているのは、竹皮のばれんだ。男は、二こ縒りの具合を、目を細めランプの光にさらして見た。それから二こ縒りをあわせて、四こ縒りをつくりはじめる。

自作小説「終末カグヤ」③

「……何時何分に、那覇市に日が昇りました、長崎市に日が昇りました、岡山市に、鳥取市に、大阪市に、名古屋市に、群馬市に、新宿に、……全部昇り終わったら、『日本列島は、今、光の中です』って言うんだ。俺は、それが好き」
「うん」
「それで、その合間に、詩をやるの。有名な詩とか、寮みち子って作家が書いた詩とか、……このラジオじたいがさ、その作家が書いてるんだっけか? ラジオの話もかいてるひとだから。とにかくそういうのの、ボット。いまはその局はないし、そこに人もいないだろうから」
 ボットは、ロボットのこと、と女にも何となく伝わる。いまはないラジオ局の放送に似せて、過去に録音された〝セントギガ〟を自律的に繰り返す機械仕掛け。男の言う通り、その局にはもう誰もいないだろう。建物の形をしているかどうかも怪しいかもしれず、また建物はあっても屋根は失われて、赤く重たい鉄塊になった機械たちと捻じ曲がったマイクたち、取れて中のバネがのぞき、そのバネもろとも朽ちかけたボタンたちがあって、尖った壁先から長い沈黙と、夜ごとの星の運行とが見えるのに違いない。
「この電波、どっから来てるのか知らないんだ。どっかの誰かが、これが好きだった奴が、自分でプログラムしてボット造って、流してる。……でも遠くはないどっかから、ずっと聞こえてくるんだ」
「うん……」
 男は、二こ縒りを、十数本編みあげていた。ほどけないように強く、けれど細工しやすいようにかすかの遊びを入れて。天井から太い竹編みの鎖で吊り下げられた、掌大の球形のガラスのランプは、上蓋にLEDを取り付けた仕様で、ランプの下部分は小さな苔の山になっている。苔の山の頂上には小さな竹の盆栽が二、三本植えられ、男が日に二、三度遣る霧吹きの水で潤って、活きている。

修正後2

自作小説「終末カグヤ」②

――明石市が、六時になりました。
 つけっぱなしのラジオは、時々、橙色のボタンを危うそうに点滅させながら、山を谷を上下する電波をひろい、さびた銀色のボタンの指した曲を受け止め続ける。ちょうど、男が、山にひとにぎり残ったカシロダケの林の頂から降りてくるタケヤネの欠片を拾い上げ、ひとつひとつ伸ばし、乾かし、紡ぐように。
「これは、なに?」
 女は、言葉を失った人のように、一時間近く麻のむしろの上に胡坐をかいて作業する男の手元を見つめ続けていたが、ラジオの時間が六時五分になったとき、質問した。女の口元に溜まった憂いが、影の中にはたはたと零れた。髪は長く黒く、腰まであり、まっすぐだった。腰に麦わら色のベルトをして、襟と裾を銀色で縁どった白いワンピースを着ていた。足は、波間を歩いて来たように、裸足だった。二本的な一重瞼の、整った貌は、まだ二十歳をすぎたくらいに見えた。男は、自分の手元から目を離さないまま、応えた。
「〝セントギガ〟のボットだよ」
「……?」
「ずーっとむかし。〝セントギガ〟って番組があったんだ。時報の一種なんだけど、こうやって二十四時間、日の沈むところや日の昇るところや、……新幹線が動き始めるところや、人々が子午線の順番に目を覚まして、朝の支度したり出かけたりするとこをさ、……それとも日が沈んだり眠っていったり……、そういうのをさ。言い続けるの。ずっと」
 女は、耳を傾けて聞いているうちに、男がいま流れているラジオについて答えていることがわかって、肩を少しすくめた。彼女は男のしている作業について質問したつもりだったが、男は「それ」の指す対象も訊かずに、一方的に返答をする。この男にはそういう、ざらっとした、ぞんざいなような不器用なようなところがあった。

修正後1