FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑦とあさぎ屋外ヌード

DSC_0173.jpg

「あなたは、こわくないの? だって……あなただっていつ、死ぬかもわからないのに」
 巻いても、巻いても、小さなばれんの出来上がる外周の直径が、遠い。女はまだ息を遠慮しながら訊ね、男は海の波をひとつひとつ創る作業のように、皮を巻く。
「どうだろう。恐い瞬間もあるけど、……やっぱり恐くない、かな。ずっと前から、真夜中にラジオ聞きながら、竹皮細工つくりながら、考えてたことと変わらない」
「何を?」
「ひとつひとつさ、なくなっていくところを考えてたんだ」
 かそっ、……かそっ、と、森の中にその竹皮が降るときのような、その音が男の手元からはずっとしている。その音の中に、言葉が迷い込んで掠めていくように、つぶやく。
「今、目の前に、部屋があるとするだろ。部屋には、たとえば机があって、本や教科書、読み飽きたみたいなつまらないやつが乗っている。壊れたオルゴールとか昔の落書きとかあって。布団かベッドがあって、じゅうたんがあって……窓の外には、隣の家とか犬とか塀とか、木とか建物とか見える。周りには、なんてことのない人たちがいる。家族とか、近所の人とか友達とか、同僚とか。わかる、かな」
「うん、……たぶん」
「それが、一日にひとつずつ、一時間にひとつずつでもいい……、なくなっていくことを考える。現象を止めることはできないし、なくなったものは、二度と戻ってこない。……机から、自分の本が一冊ずつ消えていく。漫画も、オルゴールも、そのうち机じたいも。布団も、ランプも、小さいころ入って寝たりした押入れも、空っぽになる。学生だったら、一日六時間、国語・数学・化学・美術・体育・歴史、って並んでた時間割も、ひとつずつ消えて。次の朝には国語・数学・化学、ってなって、ついには数学しかなくなって、それも消える」
 昨日まで吠えていた、隣のうるさい犬が、今日はいない。騒いでいた子どももいなくなる。町から建物が、ひとつ、ひとつ、消えていく。すれちがった隣の老人は、明日はいないだろう。妹は、兄は、母親は。壁にスーツとエプロンだけ残して、もういない。一日後には、一時間後には、何が消えるだろう?
「そのうち記憶が消える、……覚えたときとは反対に、忘れていくんだ。『こうだ』って、思ってることが消える。話したことも。話せなくて呑み込んだことも。『上』の字も『下』の字も、読めなくなる。もし、そうだとしたら、俺に、なにができる?」
 女は沈痛に眼を伏せた。心臓の表を走る痛みの裏には、なぜか、あたたかく湿った、柔らかい感情がこみあげる。男にも、その気色が伝わったらしかった。
「うん。消える直前まで、その、……大事にすることがさ、できるだけだろ。だから。恐がらないことに、きめてた」
「予測、してたの?」
「まさか」男は軽く苦笑して、首を横に振った。女も、訊きはしたが、実際男に非常な予測能力があるようにも見えなかった。
「俺は、日本がどうなってても、地球がどうなってても、『あいつら』が誰でも、ここで竹細工をして、それを売りにいくだけだ。……あんたは?」
 女は、初めて自分について問われ、口をつぐんだ。自分の黒髪の生え際の、頼りない源泉を探って、どうにか答えを紡ごうとする。
スポンサーサイト

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑥とあさぎ屋外ヌード

S1070024.jpg

「それ、カシロダケっていうのの皮なの?」
 女は斜めに寝かせた脚を、長いスカートの中に隠した。男の首が、小さく、うなずく。
「そう。……日本には、もう少なくなった。元々、福岡とかにしかなかった竹だしな。こういう細工は、この竹じゃなきゃ、できないんだ。真竹の皮じゃ固すぎる」
「シロ、っていう音のわりには、真っ白じゃないのね。他の竹よりはずっと、白いけど」
「白いよ」
 男は八こ縒りの先をぎゅっと結ぶ。毛の生えた指の関節が力み、弛緩する。
「竹は、もとは、竹の子だろ。……竹の子が被ってる皮をぬいで、成長していくけど、これは先っぽに、その皮を付けたまま伸びていくんだ。だから、立派な竹林の上に、白い、竹皮の屋根ができる。そのタケヤネから、太陽に十分乾かされて、きれいになった皮が、落ちてくるんだ。風で。雪みたいに。……ぱさっ。かそっ。て、……音が、してるんだけど、していないみたいに、落ちてくる……それが白く感じる。そうして降り積もったやつを、俺はいただいて、こうしてつかうんだ」
 女は、部屋の棚の細工物たちを、もう一度眺める。皿と弁当箱との、素朴なフォルム。女は、それをつくるところも、先刻見ていた。裂いた皮の硬い芯を束ね、そこに柔らかな竹皮を螺旋状に巻きつけて太くして、楕円形の底の中央部になるところから巻いていく。一本巻き終わると、男は膝の脇に置いた別の皮を拾い上げて先端を束ね結び、一瞬、さきほどのように用心深く締めてから、次の芯を差し込んで、再び皮を巻き始めるのだった。女は、男の手元に目を戻した。
「十六こ縒り」
 睫の瞬きが、ちらっちらっとゆれた。男はほんのかすか、微笑んだ。
「これは昨日編んでおいたやつだよ」
 男は、ばれんの底を作り始めた。平らに円く切りぬいた薄い板の中央に小さな突起を付け、それを型にして、二つ編みの竹皮を、渦を描くように巻きつける。そのリズムと形は正確で、精密で、男の手はそのように動き、女は数分の間、息をひそめた。

あさぎ作小説「終末カグヤ」⑤

DSC_0065.jpg

「このラジオを聞いてるとさ」
 男は言った。女の目線に敏感に答えたような調子だった。
「まだ、みんないるみたいに思うんだ。だから好き。……沖縄で、九州で、中部で、四国で、関西で、関東で、東北で、北海道で、……朝の目ざましのベルがなってさ。男が、女が起きて、子どもがまだ布団でむずかってて。朝食を食べたり、服を着がえて出かけたり、出かける家があって、道があって、バスが来て、電車が走って、郵便屋のバイクと、出勤の車のエンジンの音がして……。学校があって、会社があって、田んぼや畑があって。そこで話したり、笑ったり、黙って本や漫画読んだり、ぼんやりして窓の外見てたり。週刊誌があることないこと、ニュース詰め込んで、ばたばた忙しく発行されてさ、遠くでは国会議事堂で、政治家がああだこうだ大騒ぎしてんの。……まだ、そうやってるんじゃないかって気がするからさ。本当は、分かってるけど」
 もう、そんなもの、なんにもないんだってのは。と、男は続けた。女は、急に眉を寄せて、腰まで伸びた長い黒い髪をさっと揺らし、戸口のほうを振り返った。男は相変わらず、そのしぐさを見ない。目は、今は五本目の四こ縒りにさしかかっている、指の爪先の光に向いたまま、女をやんわりと言葉で止める。
「大丈夫だよ。ここには、来ない」
「……」
「嘘じゃない。俺はずっとここにいるけど、ここには何にも来たことがない。兵隊も、ギャングも、『あいつら』も。『あいつら』のあの攻撃が、色んな山を崩したけど、カシロダケの森は、最後まで崩せなかった。……この竹は、すごく、根が強いからね。山の土を保持する力が、すごいんだ。……だから、カシロダケの森のまわりと、尾根へ登っていく藪の道はまるまる残ってる。ただし、藪の道の入口のほうは、時々『あいつら』の通り道になるから、横断にだけは注意する。見つからなければ、決して撃ってこない」
 そう言われても、女は、恐そうに戸口へ目をみはり、身をこわばらせていた。男は手際よく竹皮を縒り続け、今度は、八こ縒りにさしかかる。それを一本二本、編んでから、ようやく顔をあげ、手をさしのばして女の肩をたたいた。女はぴくりと身じろいでから、深いため息をつき、男に向き直った。男は短い前髪の下の、やや彫りの深い眼をいっそう蒼く澄ませて、女の白い肩へ静かに滑らせ、それから手元へと返した。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。