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あさぎ作小説「終末カグヤ」⑦とあさぎ屋外ヌード

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「あなたは、こわくないの? だって……あなただっていつ、死ぬかもわからないのに」
 巻いても、巻いても、小さなばれんの出来上がる外周の直径が、遠い。女はまだ息を遠慮しながら訊ね、男は海の波をひとつひとつ創る作業のように、皮を巻く。
「どうだろう。恐い瞬間もあるけど、……やっぱり恐くない、かな。ずっと前から、真夜中にラジオ聞きながら、竹皮細工つくりながら、考えてたことと変わらない」
「何を?」
「ひとつひとつさ、なくなっていくところを考えてたんだ」
 かそっ、……かそっ、と、森の中にその竹皮が降るときのような、その音が男の手元からはずっとしている。その音の中に、言葉が迷い込んで掠めていくように、つぶやく。
「今、目の前に、部屋があるとするだろ。部屋には、たとえば机があって、本や教科書、読み飽きたみたいなつまらないやつが乗っている。壊れたオルゴールとか昔の落書きとかあって。布団かベッドがあって、じゅうたんがあって……窓の外には、隣の家とか犬とか塀とか、木とか建物とか見える。周りには、なんてことのない人たちがいる。家族とか、近所の人とか友達とか、同僚とか。わかる、かな」
「うん、……たぶん」
「それが、一日にひとつずつ、一時間にひとつずつでもいい……、なくなっていくことを考える。現象を止めることはできないし、なくなったものは、二度と戻ってこない。……机から、自分の本が一冊ずつ消えていく。漫画も、オルゴールも、そのうち机じたいも。布団も、ランプも、小さいころ入って寝たりした押入れも、空っぽになる。学生だったら、一日六時間、国語・数学・化学・美術・体育・歴史、って並んでた時間割も、ひとつずつ消えて。次の朝には国語・数学・化学、ってなって、ついには数学しかなくなって、それも消える」
 昨日まで吠えていた、隣のうるさい犬が、今日はいない。騒いでいた子どももいなくなる。町から建物が、ひとつ、ひとつ、消えていく。すれちがった隣の老人は、明日はいないだろう。妹は、兄は、母親は。壁にスーツとエプロンだけ残して、もういない。一日後には、一時間後には、何が消えるだろう?
「そのうち記憶が消える、……覚えたときとは反対に、忘れていくんだ。『こうだ』って、思ってることが消える。話したことも。話せなくて呑み込んだことも。『上』の字も『下』の字も、読めなくなる。もし、そうだとしたら、俺に、なにができる?」
 女は沈痛に眼を伏せた。心臓の表を走る痛みの裏には、なぜか、あたたかく湿った、柔らかい感情がこみあげる。男にも、その気色が伝わったらしかった。
「うん。消える直前まで、その、……大事にすることがさ、できるだけだろ。だから。恐がらないことに、きめてた」
「予測、してたの?」
「まさか」男は軽く苦笑して、首を横に振った。女も、訊きはしたが、実際男に非常な予測能力があるようにも見えなかった。
「俺は、日本がどうなってても、地球がどうなってても、『あいつら』が誰でも、ここで竹細工をして、それを売りにいくだけだ。……あんたは?」
 女は、初めて自分について問われ、口をつぐんだ。自分の黒髪の生え際の、頼りない源泉を探って、どうにか答えを紡ごうとする。
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