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あさぎ作小説「終末カグヤ」⑨とあさぎ屋外ヌード

修正後3

女は、自分のワンピースの膝の上に人差し指を乗せ、指先が自然に自分の名前を描くのを待った。
「トモカ、です」
 女はひっそり言った。男はうなずいた。「俺は、榊裕一」
「榊さん、……裕一さん?」
「なんでもいいよ」
 男――榊の手の甲が翻り、指が細やかに動き、ラジオで次の詩がはじまった。詩の向こうでは、男の言う通り、多くの人が地面を鳴らして歩いたり、煙草の煙を空へ捨てたり、スポーツクラブのプールで泳いだり、調理したり、シーツやタオルを風と陽のあたるベランダに、下着と一緒に干したりしているような気がした。
 けれど男の言葉が本当なら、いや、自分もそれを知っているんだと、トモカは思う。
 榊は、ばれんの外側を造る。縁を、堅固に編み込んだ芯で巻き、髪のように艶光る白々とした竹皮で包みこんでいく。トモカには、自分もやってみたい、という気は起きなかった。こんな風にはできないだろうという諦めと、もうひとつ、竹の匂いを嗅ぎながら榊が手仕事をしているのを見ていると、心が落ち着くことに気づいているからだった。
「これ、なんに使うの?」
 詩の、最後の部分の音の痕跡が、トモカの聴覚神経を、その竹皮のように包みこんで繰り返している。榊は、眼がなくなったと思うくらい、双眸を細くする。
「版画とかを刷るのに使う。木を彫って、墨を塗って、和紙を乗せて、上から擦るんだ。これも他と同じで、この竹じゃなきゃ、きれいに擦れない」
「あなたが、版画をやるの?」
「俺はやらない。……絵を描くのは苦手なんだ。やるのは違う奴だよ、もう、知ってる限りではそいつしかしないけど」
「この辺りで、誰かまだ生きている人がいるのね?」
「もう少ししたら行く。トモカはどうする?」
 名前で呼んでいい、などと訊く概念も榊にはないようで、榊の言葉にも内容にも戸惑って、トモカはまた戸口へ顔を向けた。外は恐いところだ、というのが本能的に五感から、空間感から伝わってくるのだが、一人で置いていかれるのは更に耐え難かった。「ついて、行っても?」我知らず、声が小さくなる。葉の筋を裂く音の具合を聞き分ける榊の耳には、困難なく、「だろうね。なら、待っていて。……粥、食って、待っていて」と、返す言葉も、当然のようだった。榊の胡坐から数十センチ離れて、彼自身が食べ終わったらしい、少し米汁のついた木の椀が置かれていた。トモカの椀は、昨日と同じものが、囲炉裏の端に。トモカは黙って、冷めた粥を酌で椀によそい、すすった。ほんのかすか苦い、塩味。胸が、またあたたかくなった。
 うれしいのかな。
 トモカは自分を怪しんだ。ラジオの時報が、九時になり、新しい詩が流れ始める。
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