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あさぎ作小説「終末カグヤ」⑭とあさぎ屋外ヌード

DSC_0172修正後

「はい、どうぞ」と、おしゃまな五歳くらいの女の子はトモカに和紙の小さな包みを差し出し、すぐに真顔ではにかんでしまって、親の背中へまわって隠れた。包みの和紙はうっすらと鶯色に染められていて、カラメルの匂いがした。「こいつが自分で染めたんだぜ」と、親は言う。体の形はまるで熊、ずんぐりむっくりの胴体に肩までのもつれた髪の男は、しかし眼差しは丸く、玩具のビーズをはめ込んだようだった。
〝秘密基地〟の中は案外に広くて、小さなトンネルの奥は、もっと背の高い大きなトンネルと、農業機械が置かれている倉庫になっていた。そこからは土手向こうの池なのだが、池にはすでに水がなく、上にはテントのように覆いかぶさった草が陽を遮っている。男とその娘である女の子の他に、三グループほどがその空間をシェアしていた。体を小さくしながら、アヒル歩きで抜けたトンネルの先、ふわりと鼻先によぎった軽やかな緑の布。橙と朱色の布。羽根雲のひっかいた白さを模様にした空色の布。元は白いシーツか何かだったのを、絞り染めに染め抜いて上から吊るし、或いは掛けて置く。ちょうど平安時代の几帳のように見えた。互いのプライバシーの保持のため、視界はほどよく遮られ、しかしそれらは互いの生存の空気をひっそりと伝えあうように、微風と、気配とを通した。トモカが、脇に垂れた布をを少しめくってみると、几帳の棒は古いカシロダケで出来ていた。
「枯れた倒木を……」榊は、見るでもなく答えていた。「立ってるのを切ったりは、俺はしない。皮のほうが好きだ」
「うん」トモカは、その節のところを、そろそろと触ってみる。榊は、几帳の奥に声を掛け、例の熊のような男を呼び出した。断続的に時を経つつ会う者の顔の、親しい綻び。熊男の着ているジーンズのツナギには無数の木屑、脚には肩までの髪を可愛らしく編んだ女の子がまつわりつき、怪しそうな目でトモカを見る。けれど、トモカが榊に「竹林で拾ってきた」と、なかなか無残な紹介をされると、なぜか安心したようで、例の包みをくれたのだ。
「絵描きの卯野と、娘の絢子だ」
 榊はトモカにも、紹介する。ウサギの野、という柄ではとてもない男は、肘に裂けた傷跡のある腕で榊の籠を受け取って、「おう、おう」と、歌うようにつぶやいた。品物から例のばれんを取り上げて、「榊のばれんは、いいなあ。ほんの毛ほどの彫り筋も逃さず、広い塗りも掠らせずに写す。早速、使わせて貰うよ。他にはこれと、この小物入れと……」小さな絢子は、マシュマロの棒のような軟い腕をそちらへ伸べて、視界からは高すぎる場所にある品々の香りと光を、背伸びして捕えている。「パァパ、絢子、袋を染めてあげるの。絢子、袋を染めるの」「あとでな」卯野は、絢子の頭からみずみずしく生える黒い絹糸を撫でてやる。「今日のぶんの、字のお稽古は終わったのかい?」「……んーん。字、できるようにならなきゃだめ?」腕にぶらさがろうとする童女の愛くるしい、無知で純粋な眼に、卯野は辛抱強く答える。「うん。絢子のために、いっぱい、本を用意してあるからね。みんな、もういない人たちだけど、僕や絢子のために、宝物を残していってくれているんだ」
「たからもの?」絢子は、わかったような、わからないような、けれども顔色をほのかに輝かせた。トモカは、竹の節に触れたまま、なぜか胸がずきん、とした。卯野はそちらに目をやって、髭の中で笑った。
「そのあたりは、きれいな〝よ〟だろう」
「よ……?」
「竹の節のことを、古い言葉でそう言うんだ。今の字で書くと、世の中の、世」
 トモカの指先が、節の上にその字を書く。絢子の瞳が、円らにそれを眺めている。
「そうだね。竹は、たくさんの節が連なって出来ているだろう? その姿を、一つの宇宙の、長い時間の流れに見立てたらしいんだ。その節のひとつ、ひとつが、人間が生きる時代のひとつ、ひとつってことなんだろうね。君の指差しているとこが現世だとしたら、そのひとつ前の節は、前世。ひとつ後ろは、来世」
 トモカは卯野の言葉に従って、指を一つ過去へ戻し、一つ未来へ動かし、行きつ戻りつして、その先にずらりと連なる、白くしなやかな『来世』に目をやる。卯野は、その小山のような肩を揺らして、また笑い、「まあ、もしかしたら、今はここかもしれないけどね、」竹の一番端の節を黒く固い指先で指して、「『来世』のない場所、切られちゃった竹の一番先っぽの所。みんな〝あいつら〟にやられちゃって、もう次の節は育たない。……でもね、僕はまだ、この竹は活きてる竹だって思ってるんだよ。今はちょっと障害物にぶつかって伸びられないだけで、やがてその周りをゆっくりじっくり回避して、ちゃんと上の、広い空へ出る」
卯野の体の後ろには、スペースの中ほどを遮った、空の白さと青さとを染め抜いた布がある。榊は鞄の整理を止め、卯野と一緒に中へと姿を消す。トモカは、どこかで見たような、大きな岩の下に生えてしまった樹のことを想像した。樹は岩の周りを、長遠な年月をかけて光の方向へ迂回し、その先端を青いほうへ、ほうへと、狂おしそうに近づけていく。その根も同じように、地中の大小の石を抱き、かかえて細かな根でくるみこみながら。湿った透明な粒子を集め、透明な血液へと溶かして、上昇と運搬、穏やかな蒸散。卯野の掌が、不意に布の雲間から出てトモカを手招いた。トモカは、古い草色の絨毯の端で草履を脱ぎ、足の裏をむずむずさせながら従った。
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